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リカードの比較優位論と中小企業の存在意義

今までは国家間の貿易に関して解説してきましたが、リカードの比較優位論は企業間の取引にも応用できます。

企業は比較優位な財・サービスの生産に経営資源を集中させ、それ以外の財・サービスを他の企業から調達したほうが、より多くの財・サービスを消費することができます。つまり生産性(利益)が向上します。調達する財・サービスは絶対劣位にあるものだけでなく、絶対優位にある財・サービスにも当てはまります。

大企業は自社で生産調達できない(絶対劣位な)財・サービスを協力業者から調達するだけでなく、自社で生産調達できる財・サービスも協力業者から調達するほうが、生産性(利益)を向上させることができます。たとえ、自社で生産したほうが効率的(絶対優位)な場合でも、です。

協力会社は、大企業が自社で生産調達できない財・サービスを提供する場合だけでなく、大企業が自社で生産調達できる財・サービスを提供する場合でも、大企業の生産性(利益)向上に貢献しています。たとえ、大企業が自社で生産したほうが効率的(大企業に対して絶対劣位)な場合でも、です。

中小企業が自社の比較優位な事業に特化し、経済活動に参画すれば、自社がより豊かになるだけでなく世の中をより豊かにすることができる、それを証明しているのがリカードの比較優位論です。中小企業の絶対的な生産性には関わらず、です。

このことは個人についても当てはまります。個人が自分の比較優位な仕事に特化し、経済活動に参画すれば、自分がより豊かになるだけでなく世の中をより豊かにすることができます。個人の絶対的な能力に関わらず、です。

現在の厳しい競争社会では、自社の存在意義や自分の存在意義を見失いがちです。しかし、御社や貴殿が経済参画している分だけ世の中はより豊かになっています。経済参画しているすべてのプレーヤーに感謝の念を抱かせてくれるのがリカードの比較優位論です。

リカードの比較優位論が示す貿易の目的

2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン(Paul Robin Krugman,1953-)は貿易の目的に関して次にように述べています。

「実業界でとくに一般的で根強い誤解に、同じ業界の企業が競争しているのと同様に、国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに、リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では、貿易とは競争でなく、相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として、輸出ではなく、輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。」(「良い経済学 悪い経済学」日経ビジネス文庫 2008年 172p-173p)

国家における貿易の目的は、豊かに消費するために輸入することである、ということです。「より多く消費すること」=「豊か」という前提があります。

私たちは生産者(財・サービスの供給者)と消費者(財・サービスの需要家)の両面を持っていますが、リカードの比較優位論は消費者としての利害を考えたときに、より豊かに消費するにはどうすべきかを教えています。

一方、リカードの比較優位論は、国内で比較優位の産業に特化することを前提としています。裏返して言えば、国内で比較劣位にある産業を衰退させることを前提としています。つまり、国内で比較劣位にある産業の生産者の利害を損ねる理論です。そのため、国民全体の消費者としての利害と、国内で比較劣位にある産業の生産者としての利害を調整する問題が必然的に生じます。

また、生産者の利害で考えた場合、ある産業の最初のライバルは、他の国内産業だということを示唆しています。国内で比較優位の産業に選ばれることが生き残りの条件だからです。その上で国際的に絶対優位になることが生産者の豊かさを最大化させます。国内で比較優位になるため、国際的に絶対優位になるための原動力は、生産性を高めることです。生産性を高めることが生産者を豊かにするという意味では、リカードの比較優位論は生産者の利害に無関係(ニュートラル)だといえます。

輸出産業の生産者にとって貿易の目的は輸出にありますが、国家における輸出に関して、ポール・クルーグマンは次のように述べています。

「輸出はそれ自体が目的ではない。輸出の必要は国にとって負担である。輸入しようとすると売り手に抜け目なく代金を請求されるので、輸出しないわけにはいかない。」(「良い経済学 悪い経済学」日経ビジネス文庫 2008年 173p)

企業にとっての貿易の意義と国家にとっての貿易の意義の違いを端的に述べています。

「絶対」概念と「比較」概念

リカードの比較優位論を理解する上で重要な概念があります。それは「絶対」概念と「比較」概念です。「比較優位論の骨子」の例を引き合いに解説してみます。

リカード3

ポルトガルは1人で1ℓのワインを生産できるのに対し、イギリスは1人で0.2ℓのワインしか生産できません。ワイン生産に関して、ポルトガルは絶対優位な立場にあるといい、イギリスは絶対劣位の立場にあるといいます。

また、ポルトガルは1人で0.5mの毛織物を生産できるのに対し、イギリスは1人で0.25mの毛織物しか生産できません。毛織物の生産に関して、ポルトガルは絶対優位な立場にあるといい、イギリスは絶対劣位の立場にあるといいます。

一方、ポルトガル国内では、ワインの生産効率が高いので、ワイン生産が比較優位の立場にあるといい、毛織物生産が比較劣位の立場にあるといいます。

また、イギリス国内では、毛織物の生産効率が高いので、毛織物生産が比較優位の立場にあるといい、ワイン生産が比較劣位の立場にあるといいます。

以上をまとめると次のようになります。

「絶対」概念 = 国家間の優劣

「比較」概念 = 国家間の優劣は無関係、国内での優劣

上の例では、ワイン生産と毛織物生産の両方に関してポルトガルが絶対優位の立場にあるため、直感的にはイギリスと貿易しても意味がないように思えます。しかし、ポルトガル国内で比較優位にあるワイン生産に特化し、絶対劣位にあるイギリスと貿易することでより豊かになれるのは「比較優位論の骨子」で解説した通りです。イギリスにとっても国内で比較優位にある毛織物生産に特化し、ポルトガルと貿易することでより豊かになることができます。

国家間の絶対的な優劣に関係なく、お互いの国家がそれぞれ比較優位な産業に特化して貿易すれば、双方がより豊かになれることを明らかにした点が、比較優位論の最も優れた点です。

リカードの比較優位論の骨子

リカードの比較優位論の骨子は次の通りです。

自国の比較優位な財に特化して生産し、貿易(交換)によって他の必要な財を輸入すると、自国で全ての財を生産するより多くの財を消費できる(豊かになれる)

以下の仮定に基づく、簡単なモデルで解説します。

  • 全世界はポルトガルとイギリスの2か国で構成されている
  • 生産する財はワインと毛織物の2種類しかない

 

全世界の生産量を次のように仮定します。

リカード1

それぞれの財を生産するための各国の人員を次のように仮定します。なお、労働人口はこれが全てです。

 リカード2

生産効率(一人当たりの生産量)は次の通りです。

リカード3

ポルトガルの国内産業はワインの生産効率が高く、ワイン生産に比較優位性があります。また、イギリスの国内産業は毛織物の生産効率が高く、毛織物生産に比較優位性があります。そこで、ポルトガルはワイン生産に特化し、イギリスは毛織物生産に特化してみます。

リカード4

特化前と比べて、全世界のワイン生産量が1ℓ増加し、毛織物の生産量が0.25m増加しています。ここで貿易をしてみます。

リカード5

貿易前より消費量が増えていますから、貿易することで両国が豊かになったことがわかります。別の貿易パターンでもう一度検討してみます。

リカード6

ポルトガルは1ℓのワイン生産に1人の人員が必要ですから、余剰人員は2人です。2人で生産できる毛織物は1mですから、特化して貿易することで0.5m多く毛織物を消費できることになります。

また、イギリスは0.75mの毛織物を生産するのに3人必要ですから、余剰人員は6人です。6人で生産できるワインは1.2ℓですから、特化して貿易することで0.8ℓ多くワインを消費できることになります。このことはいかなる財の組合せでも成り立ちます。

ここでは2国2財という簡単なモデルを使いましたが、いかなる数の国家間でも、いかなる数の財でも成り立つことが立証されています。

なお、ここでのモデルは「高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門Ⅱ」(菅原晃 著 星雲社 2010年 140p)から引用しています。