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「正常先」の資金調達力

企業の資金調達力は債務者区分によって決まります。

債務者区分のうち、「正常先」とは、業況が良好であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者をいいます。

銀行にとって「正常先」に対する貸出金は正常債権であるため、貸倒引当金も少なくリスク管理債権としての開示も不要です。そのため銀行は「正常先」に対して様々な手法で融資に取り組むことができます。「正常先」にとってみれば、様々な資金調達の選択肢を与えられるということです。そういう意味で「正常先」は資金調達力があるといえます。

① 正常な運転資金
正常な運転資金とは、正常な営業を行っていく上で恒常的に必要と認められる運転資金をいい、算式で示すと次のようになります。

正常な運転資金 = 売上債権 + 棚卸資産 - 仕入債務

「正常先」の企業は、正常な運転資金を容易に調達することができます。

② 年間キャッシュフローの10倍程度
正常な運転資金以外の設備資金を調達する場合は、債務償還年数が10年以内であるかが判断基準となります。債務償還年数とは、有利子負債総額を年間収益力で除したものをいい、算式で示すと次のようになります。

債務償還年数 = 有利子負債総額 ÷ 年間キャッシュフロー
年間キャッシュフロー = 税引後利益 + 減価償却費

すなわち、年間キャッシュフローを10倍したものが借入上限の一つの目安と考えることができます(旧産業再生機構「財務健全化基準」参照)。

③ 優良保証付の資金調達
次に掲げる優良保証を付けられる場合は、容易に資金調達することができます。銀行は信用リスクを回避するため「正常先」に対しても優良保証を付けるよう求めることが一般的です。「正常先」は財務内容が良いため、容易に優良保証を付けることができます。

・公的信用保証機関の保証
・金融機関の保証
・複数の金融機関が共同して設立した保証機関の保証
・地方公共団体と金融機関が共同で設立した保証機関の保証
・上場かつ有配会社等の保証契約に基づく保証

④ 優良担保の処分可能見込額
次に掲げる優良担保を担保提供できる場合は、優良担保の評価額に掛け目を乗じた処分可能見込額が資金調達力の一つと考えられます。

(優良担保)
・預金
・満期返戻金のある保険
・国債等の信用度の高い有価証券 など
(評価額)
・客観的、合理的な評価方法で算出した時価
(掛け目)
・国債     評価額の95%
・政府保証債  評価額の90%
・上場株式   評価額の70%
・その他の債権 評価額の85%

⑤ 一般担保の処分可能見込額
次に掲げる一般担保を担保提供できる場合は、一般担保の評価額に掛け目を乗じた処分可能見込額が資金調達力の一つと考えられます。

(一般担保)
・不動産担保
・工場財団担保(土地建物・機械・特許権等一括担保)
・動産担保(棚卸資産、機械設備など)
・債権担保(売掛債権など)
(評価額)
・客観的、合理的な評価方法で算出した時価
(掛け目)
・不動産担保 評価額の70%
・動産担保  評価額の70%
・債権担保  評価額の80%

⑥ 一般保証付の資金調達
次に掲げる一般保証を付けられる場合は、保証能力に応じて資金調達することができます。

・十分な保証能力を有する一般事業会社
・個人保証

「正常先」の企業はさまざまな選択肢があるという点で資金調達力があるといえます。しかし注意しなければならないのは、「正常先」の企業だからといって資金調達の権利を持っているわけではなく、当然に資金調達できるわけではないということです。上記の選択肢はあくまで銀行がその気になれば実行できる貸出の形態であり、銀行が金融庁に正常債権として主張できる根拠にすぎません。中小企業が安定した資金調達を望むのならば、銀行を“その気”にさせる取組みが必要です。資金調達の戦略をしっかりたてて銀行取引をコントロールすることが真の資金調達力と言えるのです。

内部格付制度

銀行は、債務者である中小企業を「自己査定」することで融資姿勢を決定します。自己査定では債務者格付による債務者区分が行われます。債務者格付はデフォルト確率を基礎として行われます。そしてデフォルト確率は次の手順で推定されます。

1.決算書の「表面財務」に「実態財務」を反映させて財務指標をノッチ調整する
2.デフォルト事象と関連の高い財務指標を選択する
3.選択した財務指標を、財務定量モデルに当てはめてデフォルト確率を推定する

まず、各企業を統一的に評価するために、実態財務の反映が行われます。具体的には、決算書の表面的な数字に次の修正を加えます。

・不良資産や減価償却不足額を資本から控除する
・代表者(役員)からの借入を自己資本とみなす
・固定化した短期借入金を長期借入金とみなす など

次に、企業のデフォルト事象(破たん)と関連が高い財務指標を選択します。

・規模(自己資本額、純資産額 等)
・安全性(自己資本比率、流動比率、経常収支比率、有利子負債償還年数、インタレスト・ガバレッジ・レシオ 等)
・収益性(総資本経常利益率、売上高営業利益率 等)
・成長性(増収率、増益率 等)

そして、選択した財務指標を次に掲げる財務定量モデルに当てはめてデフォルト確率を推定します。

・経験モデル(企業の財務指標、定性項目等に、経験に基づく信用スコアを配点し、合計スコアによって信用度を判定するモデル)
・統計モデル(企業の財務指標、定性項目等を使って、企業のデフォルトを統計的に最もよく説明する関係式を導くモデル)

これらの手順を制度化したものを内部格付制度といいますが、内部格付制度は金融検査マニュアルで画一的に決められているわけではありません。金融検査マニュアルでは、各々の金融機関がそれぞれの規模や顧客層、目的に合わせて独自に制度を構築することを要求しています。

各々の銀行がどの財務指標を選択し、どういう財務定量モデルに当てはめてデフォルト確率を推定しているかは非公表となっています。そのため、中小企業がデフォルト確率を低く推定してもらうためには、同規模同業他社の財務指標と比較してまんべんなく優位な状況を保つ必要があります。つまり、中小企業が安定した資金調達を望むならば、財務指標をよりよく保つ努力が必要であり、財務指標をよりよく保つには財務のスキルが必要なのです。

自己査定の手順

銀行が保有している中小企業向け債権の「自己査定」は次の手順で行われます。

1.債務者である中小企業の財務データを分析し、破綻確率(デフォルト確率)を推定します。
2.推定された破綻確率(デフォルト確率)に応じて債務者格付(10段階程度)を行います(一次評価)
3.業種や特性などの定性要因(成長性、参入障壁、営業基盤、技術力など)を加味してノッチ調整を行い、最終的な債務者格付を行います。
4.債務者格付に応じて債務者区分(正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先)を行います。

5.債権のうち、正常先及び要注意先の「正常な運転資金」など「分類対象外債権」をⅠ分類とします。
6.分類対象債権に関して、債務者区分に担保や保証等による保全状況を加味して、債権を分類(Ⅰ分類~Ⅳ分類)します。
7.Ⅰ分類された債権は正常債権として扱い、1%未満の貸倒引当金を計上して自己査定します。
8.Ⅱ~Ⅳ分類された債権はリスク管理債権として扱い、30%~100%の貸倒引当金を計上して自己査定します。

銀行には、下記の理由で、Ⅱ~Ⅳ分類される不良債権を持ちたくない、あるいは、極力減らしたいというインセンティブが働きます。

・Ⅱ~Ⅳ分類された不良債権はリスク管理債権額として開示が義務付けられており、信用を維持するために減らしたい
・自己資本比率算定においてリスク管理債権も分母を構成するため、自己資本比率を少しでも下げないために減らしたい
・貸倒引当金の計上は自己資本を直接減らしてしまうため、自己資本比率を維持するために減らしたい

そのため、銀行は債務者格付の低い中小企業に対する融資に慎重にならざるを得ないのです。逆に言えば、銀行から融資を受けるにはデフォルト確率を低く推定してもらうしかありません。債務者格付を上げて債務者区分を正常先としてもらうためです。そのためには財務データを良好に保つ必要があるのです。

資金調達への影響

金融検査マニュアルは銀行の融資姿勢に大きな影響を与えるため、金融検査マニュアルを理解することは、安定した資金調達の手掛かりとなります。また、金融検査マニュアルは時代の変化に応じて毎年のように改正されています。中小企業が安定した資金調達を望むのならば、金融検査マニュアルに関する正しい知識を持ち、改正に合わせて資金調達の戦略を変化させていくことが重要です。

金融検査マニュアルの正式名称は「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」といい、金融庁の検査官が金融機関を検査する際に用いる手引書として位置づけられています。金融検査は「預金者等一般の利用者の保護、金融システムの安定および国民経済の健全な発展」のために「各金融機関の経営実態を検証する」目的で行われます。

金融検査の対象となる預金等受入金融機関は次の通りです。

・銀行
・信用金庫及び信用金庫連合会
・信用協同組合及び信用協同組合連合会
・労働金庫及び労働金庫連合会
・農業協同組合及び農業協同組合連合会
・漁業協同組合及び漁業協同組合連合会
・水産加工業協同組合及び水産加工業協同組合連合会
・農林中央金庫
・上記金融機関の海外支店
・外国銀行の在日支店

金融検査のチェック項目のうち、「資産査定管理態勢」の項目では、銀行が保有している資産がどの程度安全か査定する「自己査定」が求められています。中小企業の銀行からの借入金は、裏返せば銀行が保有する資産(債権)ですから、銀行は他の債権と同様に自己査定しなければなりません。そして、自己査定の良し悪しで貸出の可否や貸出条件を決定することになるのです。