金融検査マニュアル廃止と今後の見通し


2018年6月、金融庁は金融検査マニュアルの廃止を公表しました。廃止の時期は2019年4月1日以降を目途とされています。

金融検査マニュアルの別表は、銀行融資における実質的なバイブルの役割を果たしていたので、廃止後の銀行融資がどのような方針で行われるのか関心が集まっています。

この点に関して、金融庁が2018年6月に公表した「金融検査・監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」をもとに考察します。

今回、金融検査マニュアルが廃止される直接の原因は、金融行政の目標が変更されたことです。

従来、金融行政の目標は次の3つでした。

  • 「金融システムの安定」
  • 「利用者保護」
  • 「市場の公正性・透明性」

それが今回、次のように変更されました。

  • 「金融システムの安定」と「金融仲介機能の発揮」の両立
  • 「利用者保護」と「利用者利便」の両立
  • 「市場の公正性・透明性の確保」と「市場の活力」の両立

金融庁が金融行政の目標を変更した理由は、「本邦金融機関の経営環境は厳しさを増しており、適切なリスクテイクを通じた収益性の確保なしには持続的な健全性を確保することはできない」という問題意識を持ち、「自己資本対比での過剰なリスクテイクの抑制のみに重点を置くのではなく、金融機関の収益性にも注意を払う必要性が高まっている」から、としています。

つまり、金融機関が収益性を確保するためには、金融検査マニュアルは弊害があるから廃止する、ということです。

それでは、金融検査マニュアル廃止後の銀行融資はどのような方針で行われるのでしょうか?

短期的には、「金融検査マニュアルの廃止は金融機関の現状の実務の否定ではない」としているので、現在の自己査定の手法は継続される見込みです。というより、新しい手法が確立されるまで継続せざるを得ない、といった方が正確でしょう。

長期的には、金融機関ごとに様々な自己査定の手法が確立されることになりそうです。

金融庁の検査・監督は、「ルールとチェックリストを中心とした枠組み」を排し、金融行政の目標を達成するための「プリンシプルや考え方と進め方を中心とした枠組み」に移行します。(プリンシプル≒原理・原則)

個々の金融機関は、その枠組みの中で創意工夫をし、適切なリスクテイクを通じた収益性と持続的な健全性とを両立させるビジネスモデルを実現することになります。

つまり、ビジネスモデルごとに自己査定の手法は異なることになるでしょう。

それでは、今回の変化は借り手である中小企業にとってプラスでしょうか?マイナスでしょうか?

私見ですが、今回の変化は中小企業にとってプラスだと思っています。少なくとも以前より悪くなることはなさそうです。

今回公表された基本方針では、「形式・過去・部分」への集中を排し、「実質・未来・全体」に視野を広げなければならない、と何度も強調されているからです。

  • 形式への集中とは、借り手の事業内容ではなく担保・保証の有無を必要以上に重視する、といったことです。
  • 過去への集中とは、将来の経営の持続可能性よりも過去の経営の結果である足元のバランスシートを重視する、といったことです。
  • 部分への集中とは、金融機関の経営全体の中で真に重要なリスクを議論するのではなく個別の資産査定に集中する、といったことです。

「形式・過去・部分」への集中が金融機関を過度に委縮させ、金融仲介機能を結果的に阻害してきた経緯があります。「実質・未来・全体」に視野を広げることで金融機関に適切なリスクテイクを促し、金融仲介機能が発揮されることを目論んでいます。

  • 「実質へ視野を広げる」とは、借り手の担保・保証の有無だけでなく事業内容も重視する、といったことです。
  • 「未来へ視野を広げる」とは、過去の経営の結果である足元のバランスシートだけでなく将来の経営の持続可能性も重視する、といったことです。
  • 「全体へ視野を広げる」とは、借り手の部分的なリスクだけでなく経営全体の中で真に重要なリスクを議論する、といったことです。

金融仲介機能の発揮は貸出金の増加を意味しますので、借り手である中小企業にとって悪かろうはずがありません。

それでは、借り手である中小企業は今回の方針変更にどのように備えればよいでしょうか?

私見ですが、自社の事業内容を適切に理解し、金融機関に正しく伝えることが重要だと思います。

自社の事業内容とは、「過去・現在・将来」の「経営者、従業員、顧客・取引先」あるいは「商品・サービス、営業地域」などの情報のことです。それらの定性要因は資金需要や収支計画の妥当性を補完しますが、適切なリスクを取りたい金融機関にとって、定性要因こそ金融仲介機能を発揮するカギとなるでしょう。

また、今後、収益性と健全性とを両立させるビジネスモデルを確立できない金融機関は淘汰されることが予想されます。借り手である中小企業は、その規模や地域、業歴などで取引する金融機関が自ずと決まっており、金融機関を選別できるわけではありません。メイン銀行が淘汰されると割りを食うことはあると思いますが、定性要因をしっかりと見極めていれば、救いの手を差し伸べてくれる金融機関は現れると思います。