ネット通販ビジネスを法人化するための絶対条件とは?

ネット通販ビジネスを無条件で法人化できると考えているなら甘いかもしれない。

もちろん、法人を設立するのは簡単だ。しかし、条件を充たさない場合は個人事業時代の借入金を引き継げないことがある。あるいは、仮に借入金を引き継ぐことができても、新規借入ができないことがある。そんな法人を設立しても意味がないのはご理解いただけるだろう。

この記事では、ネット通販ビジネスを法人化するための絶対条件を解説したい。

債務超過の場合は法人化できない

結論から申し上げて、債務超過の場合は法人化できないと考えたほうがいい。その理由は後で述べることとして、債務超過とは何だろうか?

債務超過とは、負債が資産を上回る状態のことである。つまり、資産をすべて処分しても負債をすべて返済できない状態のことだ。

それでは、債務超過の状態かどうか具体的にどうやって判定すればよいだろうか?

今、あなたはネット通販ビジネスを営む個人事業者のはずである。あなたは青色申告を選択し、会計ソフトで帳簿を付けているのではないだろうか。
もしまだ会計ソフトを利用していないならマネーフォワードを推奨する。この記事この記事を参考にすれば比較的簡単に記帳することが可能だ。

会計ソフトには残高試算表を表示する機能があるはずなので、まずは、直前月の残高試算表を表示してみて欲しい。

次に、残高試算表のうち、貸借対照表を見て欲しい。ご存知の通り、貸借対照表とはあなたのビジネスに関する財政状態を表す財務諸表であり、資産、負債、資本の金額を勘定科目別に集計した帳票である。

次に、資産と負債の金額を計算してみてほしい。具体的な計算方法は以下の通りである。

資産の金額=資産の部合計金額-事業主貸の金額
負債の金額=負債の部合計金額-事業主借の金額

なお、資産の部合計金額からは換金価値のないものは除かなければならない。例えば、実態のない現金残高や売却済の車両残高などのことだ。また、減価償却していない車両残高は償却後の金額に引き直す必要がある。

また、負債の部合計金額に関しても支払う必要のないものは除かなければならない。クレジットカード残高や借入金残高が適正かどうか確認してほしい。

さて、資産の金額>負債の金額であればあなたのビジネスは資産超過であり、法人化の絶対条件を充たしているので安心してほしい。

一方、資産の金額<負債の金額であればあなたのビジネスは債務超過であり、残念ながら法人化の絶対条件を充たしていない。

繰り返しになるが、もしあなたのビジネスが債務超過の状態であれば、法人化はできないと考えたほうがいい。

それではなぜ、債務超過の場合は法人化できないのだろうか?

債務超過の不都合な真実

仮に、個人事業に関する貸借対照表が以下の通りとしてみる。

【資産の部合計金額600万円】
・現金預金 100万円
・売掛金 200万円
・商品 300万円

【負債の部合計金額1,300万円】
・未払金 300万円(クレジットカード残高)
・借入金 1,000万円

この事業の財政状態は、資産の部合計金額600万円<負債の部合計金額1,300万円となっており、700万円の債務超過の状態である。

さて、この事業の法人化を試みる。

法人化するにあたり、個人事業の財産債務を法人に引き継ぐことになるが、資産と負債をバランスさせなければならない。そのため、法人の貸借対照表は以下のように予定される。

【資産の部合計金額1,300万円】
・現金預金 100万円
・売掛金 200万円
・商品 300万円
・貸付金 700万円

【負債の部合計金額1,300万円】
・未払金 300万円(クレジットカード残高)
・借入金 1,000万円

お気づきだと思うが、法人の資産に貸付金700万円が追加計上されている。誰に対する貸付金かというと、経営者個人に対する貸付金である。法人と経営者個人は法的に別人格なので、債務超過分は経営者個人に対する貸付金として処理せざるをえない。

さて、借入金の引継ぎは銀行の了承が必要なので、この貸借対照表案で銀行と相談することになるが、おそらく銀行は難色を示すだろう。その理由は2つある。

最初の理由は、経営者個人に対する貸付金に換金価値(回収可能性)があるかどうか疑問だからである。なぜなら、経営者個人に預金残高があれば預金で引き継ぐはずであり、ないから貸付金となっているのだろうと思われる。そして、経営者個人が法人を運営しているかぎり貸付金回収のインセンティブが働かないのは容易に想像できる。

2つ目の理由は、貸借対照表案には当初から瑕疵(キズ)が存在するからである。

そもそも、事業資金の資金使途は運転資金と設備資金に限定されており、それ以外に資金を使うと資金使途違反で一括返済を求められても文句が言えない契約となっている。

ここで、先ほどの貸借対照表案を眺めてみると、借入金1,000万円のうち700万円が経営者個人に対する貸付金となっているので、銀行から法人に貸したお金を法人が経営者個人に転貸(てんたい)していると銀行目線では考える。つまり、経営者個人が借入金を私的流用しているように見える。これは明らかな資金使途違反である。

銀行的には、事業資金として融資したお金が経営者個人に転貸(私的流用)されている事実がある中で、新規貸付を行うのはハードルが高い。新規貸付がさらに転貸(私的流用)される蓋然性が高いからである。

ところで、転貸はなぜ問題視されるのだろうか?

それは、個人所得で借入金を返済するのは大変だからである。転貸された借入金は経営者個人の財産か役員給与を原資として返済されるはずである。しかし、財産がないから貸付金となっており、収益力が低いから債務超過となっているのである。高額な役員給与を支給できるほどの収益力は望めないとすれば、問題視されるのは仕方ない。

結局、新規貸付が困難な取引先が増えても銀行的にはメリットがないので、貸付金の代わりに預金やその他の財産を引き継ぐように要求するだろう。

しかし、預金やその他の財産がないから貸付金で引継ぎをするのである。結局、借入金の引継ぎができずに法人化をあきらめることになる可能性は高い。

それにしても、なぜ債務超過になってしまうのだろうか?その原因には3つのパターンがある。

債務超過に陥る3つの原因

投資資金に流用

ネット通販ビジネスをやっている人は情報感度が高いようだ。いわゆる、儲かる話に敏感である。FXや株式投資、暗号資産が儲かると聞くと試してみたくなるようだ。

そういう投資資金に流用して損するパターンが結構多い。

投資活動も事業活動なのでは?と思われるかもしれないが、資金使途を投資資金として借り入れたのならともかく、ネット通販ビジネスを資金使途として借り入れたのならそれは立派な資金使途違反である。

もしあなたがどうしても投資活動を行いたいなら、失ってもよい個人的な資金を投資資金とすべきである。一方、ネット通販ビジネスに本腰を入れている本気度の高い人ほど、そういう投資活動には目もくれず本業に注力して成功している事実がある。そのことは頭の片隅に入れておいてほしい。

生活費に流用

よく「生活費としてどの程度使っていいのでしょうか?」という質問を受ける。

理論的には税引後利益の範囲内、ということになる。その範囲内で生活費として使う分には、借入金の転貸とはならない。一方、この金額を超えて生活費を使うと、結果的に借入金で生活することになる。

事業を始めると個人では借りられない大金を比較的容易に調達することができる。それで気が大きくなって生活のレベルを上げてしまう人がいるが、非常に危険な兆候である。

ネット通販ビジネスを始めてまもなくは予定通りの収益を上げられないことが多い。損益トントンのことはざらにある。その時期に事業から生活費をとると債務超過となってしまう。

それを避けるため、事業を開始して3年間ぐらいは事業から生活費をとらなくて済むようにした方がいい。例えば、実家のお世話になるとか、生活費の貯金をしてから取り組むなどの用意周到な計画性が必要である。

事業が赤字基調

事業が黒字基調であれば借入金の返済原資に困ることは理論的にない。しかし、赤字基調の場合は返済原資が年々削られることになる。赤字基調は収益力が低いことを意味するが、これを原因とした債務超過は深刻である。

個人的な意見として、3年間取り組んで生活費を稼げないならその事業から撤退したほうがいいと思う。今まで費やしたお金・労力・時間を考えると負けを認めるのは悔しいかもしれないが、サンクコスト(埋没費用)を無視して早めに損切するのが経営理論の常識である。

 

この章では、債務超過に陥る3つの原因を述べたが、現実的にはこの3つが複合的に合わさって債務超過に陥ることが多い。そのうち、最初2つの原因は意識しないと陥りやすい過ちであると同時に、意識しさえすれば回避できる過ちでもある。債務超過を解消するのは相当に大変なので、債務超過にならない努力をする方が有用である。

結びに

この記事では議論を単純化するために、債務超過の場合は法人化できないという表現を用いた。現実的には、債務超過であっても借入金を法人に引き継げることもあるし、借入金転貸の状況であっても新規融資を受けられることもある。

しかし、銀行から問題視されているのは確実であり、法人の財政状態が健全でないのは客観的な事実である。それを読者に印象付けるためにあえて極端な表現を用いた。誤解のないようにお願いしたい。

税理士としての経験でいえば、債務超過の状態で無理押しして法人化しても債務超過が拡大する傾向にあるので、まずは債務超過の解消が先決だと考えている。そういう価値観に基づいてこの記事を執筆した。