事業計画書をマネーフォワードで作成する詳細な手順
この稿は「損益分岐点をマネーフォワードで計算する詳細な手順」の続編として起稿したものである。
この稿を理解するには損益分岐点の知識が必要なので、もしあなたが正確な知識を身に着けていないなら上記コンテンツを参考に自分のビジネスの損益分岐点を計算してみてほしい。実際に計算して自分事として考えてもらうのがこの稿の主旨だからだ。
一方、すでに十分な知識がある方はそのまま読み進めてほしい。
さて、この稿では損益分岐点分析に基づいた事業計画書の作成手順をマネーフォワードのデモデータを使って具体的に紹介する。この稿を読むにあたって大事なのは、知識として理解するだけでなく実際に手を動かしてやってみることである。そうすれば、場当たり的なビジネス運営から脱却し、計画的なビジネス運営へ移行するきっかけがつかめるはずである。
事業計画の立案
事業計画の立案に用いる変数
この章では「損益分岐点をマネーフォワードで計算する詳細な手順」の結論を引き継ぐところから議論をスタートさせる。
デモデータの属性
・個人事業主
・小売業(ネット通販ビジネス)
・消費税は免税事業者
・確定決算データ
損益分岐点を計算する過程に用いた変数のうち、事業計画の立案に用いるのは次の4項目である。
売上高 17,064,937円(月平均142万円)
控除前所得金額 3,702,946円(月平均30万円)
(1-変動費率) 33%
損益分岐点 5,873,834円(月平均49万円)
これらのうち、(1-変動費率)はビジネスモデルの収益性を表しており、目標とする売上高を計算する際に利用する。(1-変動費率)がなぜ収益性を表しているのか知識があいまいな方は「損益分岐点をマネーフォワードで計算する詳細な手順」で詳しく説明しているのでそちらを参照してほしい。
次節以降では、これらの変数を用いて具体的に事業計画を立案していく。
目標利益を定める
事業計画を立案するにあたってまずやるべきことは、目標利益を設定することである。
この際、基準となるのが利益の実績値=控除前所得金額3,702,946円であり、デモデータのビジネスモデルは月平均30万円の利益を稼げることが分かる。これを基準として目標利益を設定する。
ところで、事業計画はより豊かになるために立案するのだから、実績利益より高い目標を立てるのが自然である。ここでは仮に、月平均50万円(年間600万円)を目標利益として設定する。
目標売上高を計算する
目標利益が定まれば、目標とする売上高は次の計算式で計算できる。なお、ここからはすべて月平均で検討を行う。
目標売上高 = 損益分岐点 + 目標利益 ÷(1-変動費率)
具体的に計算してみると結果は次の通りだ。
目標売上高=49万円+50万円÷33%=200万円
さて、目標売上高は200万円と計算できたが、実績売上高との乖離額は下記の通りである。
売上高の乖離額=目標売上高-売上の実績値=200万円-142万円=58万円
すなわち、現状より月平均58万円売上高を伸ばせば目標利益が達成できる、ということが分かる。
売上高の乖離額を埋める施策を考える
前節では、現状より月平均58万円売上高を伸ばせば目標利益が達成できる、ということが分かった。この乖離額を埋める施策を計画するのがあなたの経営手腕だが、デモデータのビジネスモデルで考えれば現実的には次の3施策になるだろう。
・販売プラットフォームを増やす
・広告宣伝費を増やす
・商材を増やす
売上高は(商材ごとの売価×数量)を集計した金額なので、売上高を増やす方法は基本的に次の3つである。
・売価を上げる
・数量を増やす
・商材を増やす
このうち、売価を上げるのは顧客の利害に反し競合他社を利するので困難だ。だから、数量を増やすか商材を増やすかのいずれかの方法が現実的である。
まず、販売プラットフォームを増やす施策は、既存商材の販売数量増加を企図している。ただし、この施策によって販売数量は増えるが、同時に、出店手数料や広告宣伝費などの固定費も増加する。つまり、損益分岐点が上昇する。販売プラットフォームを増やした結果、上昇する損益分岐点に見合った販売数量の増加が見込めるかどうかが検討のポイントとなる。
また、広告宣伝費を増やす施策も既存商材の販売数量増加を企図している。人間は頻繁に目にするものに好意を抱く傾向がある。これを単純接触効果という。だから広告宣伝によって販売数量が増える可能性は高い。しかし、広告宣伝費は固定費なので、これを増やすと損益分岐点が上昇する。上昇する損益分岐点に見合った販売数量の増加が見込めるかどうかが検討のポイントとなる。
そして、取り扱う商材を増やす施策は売上高の新規創造を企図している。既存の販売プラットフォームに乗せれば追加の出店手数料はかからないが、売上高を早く立ち上げるために広告宣伝費をかけるのが一般的だ。また業務量の増加に伴い人件費が増加する場合もある。その場合、損益分岐点が上昇する。上昇する損益分岐点に見合った売上高が新規に創造されるかどうかが検討のポイントとなる。
デモデータのビジネスモデルで検討すると、主だった販売プラットフォームにはすでに出店しており、広告宣伝費も経験則として合理的な金額となっている。その状況のもと、以前から新規商材の開拓に取り組んでおり、新規商材の候補がいくつか存在している。今回はその一つを新規に取り扱う方針で事業計画を作成する。
事業計画に基づいて損益分岐点を再計算し、その合理性を確認する
新規商材の取り扱いを開始するにあたり、Amazonに出品し、月5万円、広告宣伝費を追加することにした。また、AmazonのFBAを利用すれば業務量の増加は最低限に抑えられると見込まれるため、人件費の増加は予定しない。なお、新規商材の粗利率は既存商材と同等のものを採用した。
まずはこの条件で損益分岐点を再計算する。
固定費が月5万円増加するので、損益分岐点が毎月15万円増加し、月64万円となる。
次に、この損益分岐点をもとに目標売上高を再計算すると次のようになる。
目標売上高=損益分岐点+目標利益÷(1-変動費率)=64万円+50万円÷33%=215万円
すると、実績売上高との乖離額は下記の通り73万円となる。
実績売上高との乖離額=215万円-142万円=73万円
新規商材が創造する売上高が月73万円以上の見込みならこの計画には合理性があるといえる。
今回のケースで新規商材の売価は5,000円、月間販売見込み数は200個、月間売上高見込みは100万円なので、月73万円の増収を達成する計画として合理性があると判断できる。
次章では、この事業計画を事業計画書に落とし込む具体的な手順を示したい。
事業計画書の作成
エクセルフォームを作成する
この章では前章で立案した事業計画を事業計画書に落としこむ具体的な手順を示す。
まずは、事業計画書のエクセルフォームを作成するが、事業計画書は毎月の損益を予算化する形式が一般的だ。計画の実行段階で、毎月、予算と実績値を比較検討して経営改善を図るのが事業計画書を作成する目的だからだ。
事業計画書のエクセルフォームは、マネーフォワードの推移表CSVをテンプレートとして利用すれば比較的簡単に作成できる。
会計帳簿>推移表
月次、損益計算書、☑補助科目を表示 を選択
エクスポート>損益計算書(CSV)
ダウンロード
左下をクリック>開いたCSVファイルをエクセル形式で保存
当初のCSVファイルは次のような形式となっている。
それを以下のように整えて事業計画書のエクセルフォームを作成する。なお、グレー網掛けセルには計算式が入っており、白いセルの数字を変えれば随時反映されるようにした。また、実績値は計算式の検算に使えるだけでなく、各月の基準値を検討する基礎となるのでそのまま残してフォームを作成する。
因みに、12月列と合計列の計算式は以下の通り。また、1月列~11月列の計算式は12月列をコピーすればよい。なお、念のため、売上高、売上原価、売上総利益、経費、控除前所得金額など主要な金額が残高試算表と合致しているかチェックして計算式の正しさを確かめてほしい。
実績値を検証し、事業計画の基準値を予想する
エクセルフォームが完成したら、次に、実績値の要因を注意深く検証して事業計画の基準値を予想する。検証のポイントは季節要因の把握、売上原価率の計算、異常値の検出とその取扱いの決定の3つだ。
まずは売上高の実績値を細かく検証する。
Amazonの実績値を見ると、1月から6月までは100万円未満、7月から12月までは140万円前後と読み取れる。その要因として、前年度は新たに取り扱いを開始した商材が7月から売上高に貢献したのでこれは納得できる。また、9月売上高が200万円と異常に高いが定かな要因は思い当たらない。よって、新年度の売上高見込みを月140万円と予想する。ただし、11月12月はプラットフォームが販売促進に注力する時期なので、若干の上乗せを検討する余地がある。
上の要領で、Yahoo!ショッピング、楽天市場は月10万円、メルカリは月5万円、ヤフオクは月3万円の売上高見込みと予想する。
次に、売上原価率を予想する。
4月が18%、5月が90%と異常値がでているが、これは棚卸の計算がおかしいと判断できるので考慮外とする。年間平均の44%は商材ごとの平均原価率ともおおむね合致するので、売上原価率を44%と予想する。
次に、販売プラットフォームごとの手数料率を計算する。計算式は次の通り。
手数料率=支払手数料÷売上高
それぞれ計算すると、Amazon 24%、Yahoo!ショッピング 6%、楽天市場 25%、メルカリ 10%、ヤフオク 9%となる。売上高の設定に応じて齟齬がないように手数料を設定しなければならない。
最後に、その他の経費を見積もる。
その他の経費は200万円ある。その中に異常値は見当たらないので基本的に前年を踏襲すればよいが、増収計画であることを加味して20%増の240万円となるように割り振ることとする。
基準値に事業計画を加味して事業計画書をまとめる
基準値が定まったら事業計画を加味して事業計画書をまとめる。
前章で立案した事業計画の骨子は次の通りである。
・新規商材をAmazonに出品する
・新規商材の売価は5,000円、販売見込み数は月200個、売上高見込みは月100万円
・売上高を早く立ち上げるため、月5万円の広告宣伝費を追加する
現実的には発注から納品、出品に2か月程度かかるため、新規商材は3月から売上高に貢献するものとして事業計画書をまとめると次のようになる。
なお、整合性を保つため、売上原価と支払手数料には計算式を追加している。因みに、12月列の計算式は以下の通り。また、1月列~11月列の計算式は12月列をコピーすればよい。
さて、改めて完成した事業計画書を見ていただきたい。
2月迄は売上高168万円、利益 33万円の計画となっている。また、3月以降は売上高268万円、利益64万円の計画となっている。なお、当初の計画では目標売上高月215万円、目標利益月50万円を掲げたが、それを上回る合理的な計画であればこだわる必要はない。
この事業計画書は実績値をベースとした仮説なので、実現可能性が低くない計画といえる。今後、毎月の実績と比較し、経営改善を重ねていけば計画に近い実績が残せるはずである。それが事業計画書を作成する最大の目的であり、主たる使い方である。
また、副次的な使い方ではあるものの、このレベルの事業計画書であれば資金調達に役立てることもできる。
結びに
この稿では、損益分岐点分析に基づいて事業計画を立案し、事業計画書を作成する具体的な手順を紹介した。
あなたにも経験があると思うが、頭にあるアイデアを目に見える形にするのは結構難しい。その場合、何かのテンプレートが存在すればハードルを下げることができる。
この稿では、そのテンプレートとしてマネーフォワードのCSV帳票を紹介した。マネーフォワードは全ての帳票をCSVに落とすことができるので経営分析や事業計画に便利なツールだと思う。アカウントの作成自体は無料なのでまだ触ったことがない方はこちらから新規登録して触ってみてほしい。
また、この稿では、損益分岐点分析の論点、事業計画立案の考え方、事業計画書作成のポイントなどを紹介した。事業計画にまつわる実務が疑似体験できたはずなので、次はあなたのビジネスで試してほしい。
場当たり的なビジネス運営では安定した業績を残すことは難しく、大きな成功を収めることはさらに困難である。もしあなたがビジネスで成功したいなら事業計画書の作成をお勧めする。この稿に出会ったあなたはハードルが下がったはずなので、これをきっかけに一念発起されることを祈念したい。
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